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『ハイテンド・リアリティ(高められた現実)』 - 2013.06.14 Fri

『ハイテンド・リアリティ(高められた現実)』

演技とは
≪与えられた想像上の世界で真実に行動すること≫
だということが今までの記事を読んで頂いてわかっていただけたと思います。

ここで『想像上の世界』について少しお話をしましょう。
演劇に置いての想像上の世界。
果たして、ある人の何気ない日常の断片を映画にしたとして、観客は観たいと思うでしょうか?
ほとんどの人はそうではないでしょう。【日常の断片】は演劇には向いていないのです。
なぜなら、強いWANTが無く、大きい障害もないので、そこにはドラマが生まれないからです。
淡々とストーリーが流れていって、幕が下りる、または、エンドロールが流れた時に「あ、終わったんだ。」と思うでしょう。
最後まで起きて観ていられた人は。大抵の観客は寝てしまうのではないでしょうか?
何気ない日常というのは、世の中にいる全ての人が経験していることです。それを観る必要は全くないのです。興味が惹かれないのです。
観客は、ドラマを観たいのです。非日常を映画や舞台を通して体感したいのです。経験したいのです。そして、共感したいのです。
ドラマが生まれる状況でないと演劇に向いた作品ではありません。
つまり、演劇は『ハイテンド・リアリティ(高められた現実)』でなければいけません。
『ハイテンド・リアリティ』とは、その状況に登場する人物の人生のタイミングにおいて感情的にピークになる状況のことです。
そして、その中でリアリティが無ければいけません。

こんな映画を観た経験はないでしょうか?
銀行強盗に襲われて、犯人が発砲しているのに、15分経ってもパトカーのサイレンの音がしてこない。
レイプ犯が女の人をレイプしようと襲っているのに、そのレイプ犯はいつまで経っても服を脱がさない。
ある人が自殺するつもりで屋上で飛び降りようとしているのに、止めようとしている友人と長―い昔の話を始める、思い出したりしている、もちろん、警察も来ない。そして、その昔話を聞いている、本来、止める筈の友人が、止めることを忘れて泣いている。
観ていて「飛び降りないのを知っているでしょ。」と言いたくなる人も多いでしょう。なぜなら、止めることをしていないのです。自殺をほのめかしていることを忘れているのです。実際に、自殺をしようと柵の向こう側に立っているのに。自殺をほのめかしている友達があと、一歩踏み出したらおちてしまう所にいるにも関わらず。普通に考えて泣いている場合じゃない。誰にでもわかること。もちろん、泣いてもいいけど、それよりも、昔話よりも今、その瞬間の優先順位は「止めること」「安全を確保すること」ですよね。
作家、監督がそこで感動させたいと言う意図は分かるのですが、現実味(リアリティ)がなければ感動する以前に観客は冷めてしまいます。
ピークには達していますが、現実味がないと、いい演劇にならない典型的な例です。

高められた状況、つまりピークなのです。
別の言い方をすれば『緊急性』が必要なのです。
例えば、あと一時間以内に代わりの健康な臓器を移植しないと愛する人が死んでしまう状況と、あと一週間以内に代わりの臓器を発見しなければいけない状況と、あと一年以内に代わりの臓器を発見しなければいけない状況とどちらが必然的にドラマチックになるでしょう。明確ですね。

『緊急性のない銀行強盗』と聞くとどう感じますか?
笑ってしまいます。緊急性が必要でないなら、それを『正当化』しなければ現実味がありません。

演劇とは「高められた現実で、緊急性が伴うもの」が適していると思われます。
観客は巻き込まれたいのです。そして、その非日常を演劇を通して経験したいのです。共有したいのです。その高められた現実の中で真実に行動することが演技なのです。演劇という芸術は決してカジュアルではないのです。
シェイクスピアは日常の断片を描いていません。
テネシー・ウィリアムズもニール・サイモンも、アーサー・ミラーもそうです。
彼らは演劇を理解しているのです。

そして、俳優はその『高められた現実』に生きる能力が必要です。
ほとんどの人の人生においてピークの状況というものは限られています。
・卒業と門出
・結婚
・出産
・離婚
・死別
など、本当に限られています。ですので、俳優になる人は、俳優である人は「高められた現実」で生きることに慣れないといけません。
その中で表現できる能力がないといけません。
それを鍛える訓練が必要なのです。

TVドラマは、そこまで高められた状況ではありません。なので、そこまで訓練されていない人でも出来るのでしょう。俳優と名乗れるのでしょう。
なぜなら、TVドラマは『お茶の間』向けですから。
でも、映画は違う!!舞台は違う!!
演劇は芸術なのです!!観客の魂に触れなければいけません!!

何度も言いますが、
俳優は特殊能力です。誰でもできるものではありません。
俳優という地位を確立しましょう!!
顔が良ければ、誰でもできるものだというイメージを排他しましょう!!

その為には、俳優にしかできない、演技をしていくしかないのです。
的を得た訓練をしましょう!!

熱く生きましょう!!なぜなら、俳優が生きる世界は「高められた現実」で、そこに登場する人間は熱い状況だからです!!

脚本を書く人、状況をより、高いものにしてください!!
それは例え、コメディでも。
言葉遊びで笑わせる、面白ろおかしくやって笑わせるのは『よしもと新喜劇』には絶対にかないません。彼らの劇は最高に面白いです。彼らは、その道のプロですから、それに人生を賭けていますから。演劇のコメディは別物です。ニール・サイモンを勉強してください。

演劇に関わる人間は、もっともっと勉強しましょう!!
もっともっと感動を与えられる!!もっともっと面白くなる!!
もっともっと世界を相手に戦える!!もっともっと魂を燃やしましょう!!

Respect for acting.
Love for acting.

tori
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プロフィール

TORI STUDIO

Author:TORI STUDIO
2010年8月、アメリカ人俳優たち、NY在住の日本人俳優たちの強い要望により、本場NYにてtori studio NYを開き演技指導を始める。2011年1月、日本でも、世界標準の演技テクニックを必要としている俳優たちの為、tori studio TOKYOを開く。それ以来、定期的に日本でもワークショップを開催したのち、2012年6月、帰国。現在、東京にて毎月クラスを開催し多くの俳優たちを指導している。

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